The Winning Ball(日本語版。)

バッテリーが、彼の両親と妹に気づいたとき、ピッチャーの右腕はずいぶん楽になった。8回だったが、152km/hをマークすることができた。ジェイミーとウェルターが、彼らの名前だった。
これまでのところ、ノーヒットノーランできていた。

前日の晩、ふたりは、いつリリーフにつなぐかということについて真剣に話し合っていた。通常、9回は、リリーフエースの回だった。

「どうだろう。明日、狙ってみないか? 偉業を成し遂げるには、やってみなくちゃはじまらない。」
「完全試合のことを言ってるのか?」
「もちろん。」
「じゃ、チームメイトにも話を通しとかなくちゃな。」
「あー。それはなしで。」
「なんで?」
「緊張させたくないし、8回表じゃないんだから。」

彼らは、奇跡を起こしつつあった。そして、いまがまさにその8回だった。
ウェルターはスコアボードの旗を見上げた。風向きが変わっていた。

(バッター、キャッチャーから見て)強い逆風だった。

ストレートが走る。ホームラン狙いで誰かがかっとばそうにも、ボールの回転のせいで、アーチは短くなる。バッターが打っても、逆風に加えてトップスピンがかかるから、それほどは飛ばない。よって、ウェルターは速い球を要求した。とくに、バッターのバットが前後に揺れている場合は。

二死。

ジェイミーは、肩で息をしていた。ウェルターがマウンドに駆け寄った。

「ジェイミー、大丈夫か?」
「すこし疲れた。」
「わかった。でももうすぐだからな。次が6番バッター。あと4人だ。」

ウェルターは、4球以内に三振に仕留めたかった。
彼は外角低めに、ミットをかまえた。
ベースの、ボール1個か1個半向こうに。

ジェイミーが投げた。バッターは、スローカーブかチェンジアップを待っていた。バットが少し遅れて出た。ウェルターは、打者が打ち気でいるのに気づいていた。というのも、いちにのさんを数えていたからである。

ファールだった。ボールは、ベンチにラインドライブがかかりながら飛んでいった。
誰もが歓声をあげたが、観客の声はジェイミーには届いていなかった。

彼は、キャッチャーのミットに集中していた。足が折りたたまれた。

また直球だった。ウェストの位置で、インコーナー。

タイミングはよかったのだが、かりにボールに手を出しても、それは左側(三塁側)のフェアゾーンよりも外側にしか飛ばない。
カウントは、2-0だった。(※日本野球風。海外では、ボールカウントのほうが先。)

ウェルターは、チェンジアップを要求していた。打者がバッターボックスに帰ってくるやいなや。ジェイミーはうなずいた。

「できるかぎり腕を振れ!」ジェイミーは、自分自身に対して(ひとりごとを)言った。

突然、風が凪いだ。
チェンジアップだった。

バッターのタイミングが早すぎた。
振らざるをえなかった。

「三振!」

観客は歓声を上げた。両親と妹は喜びのあまり立ち上がった。

スリーアウト。

ウェルターは、チームメイトを集めた。

「助けてくれ。ジェイミーの疲労が回復するまでの時間が欲しい。初球に手を出すなよ。いいか?」
「わかった。ユニフォームでも換えてくるよ。伝えといてくれ。ズボンに穴が開いた。パンツを隠さなくちゃいけない。」
「感謝するよ。ありがとう。」

「ジョージのパンツに虫がいる。」
「虫?」
「でっかい穴がひろがってるんだって。ユニフォームに。」
「わかった。」

数分後、ジョージが現れてお辞儀をした。
5球待って、2塁打を放った。
「よくやった!」

相手側のピッチャーもまた、疲労していた。
スコアは、2-0だった。

次のバッターは、四球を選んだ。
そして、その次はウェルターだった。
彼は、バットを振るつもりはなかった。投げさせておけばいい。

ワンナウト。

「偉業を達成するには、チームメイトがいなくっちゃな。」
誰かがジェイミーの頭をタップした。
「うちにはいいキャッチャーと、野手がいる。俺たちを信じてくれ。」

8回の裏の攻撃は、ランナーふたりが残塁に終わった。

最終回がやってきた。

「ウェルター。話がある。」ジェイミーが言った。三振はやめよう。チームメイトと自分の運を信じることにするよ。

風は、ライトからレフト方向に吹いていた。

「内野ゴロが欲しい。」彼は言った。
「低めのスライダー。」

7番打者は、内野ゴロに打ち取られた。サードが、注意深くファーストに送った。

一死。

次の打者は、ポップフライを上げた。ジェイミーがつかんだ。

二死。

最後の打者だった。新人のスラッガーがコールされた。

「あいつのデータはないぞ。」

スタジアムの誰もが、奇跡が起こりつつあるのを知っていた。
ジェイミーがうなずいた。

「また直球か!」

スタジアムを、低いうなり声が包んだ。
バッターは、振らなかった。

ストライク!

ウェルターが、ミットを上下逆さまにした。
ジェイミーがうなずいた。

「フォークだ!」

バットが空を切った。
バッターはタイムを要求した。

ジェイミーはユニフォームで顔の汗をぬぐった。

「勝負か? それとも次の球か?」

ジェイミーの足は、マウンドを蹴った。
彼は足を折りたたんだ。

ウェルターは、ほとんど立ち上がっていた。ミットはバッターの肩の高さよりも高く構えられていた。バットは、ボールには触れなかった。
手が出てしまった。
完全な沈黙のあと、スタジアムの誰もが歓声を上げていた。

「ジェイミー、すごいよ!」

彼は勝った。

彼は偉業を成し遂げた。ウェルターは嬉しくて泣いていた。
「これは、君のだ。」彼は、ウィニングボールを手渡した。
「ありがとう。ありがとう、ウェルター。」

彼はボールにキスをした。
奇跡は起こる。しかし、いかなる奇跡も、挑戦なくしては為しえない。

全選手がマウンドに集結した。
ジェイミーは、宙高く舞い上がった。

野球人生を通じて、はじめての涙だった。

「ありがとう。あぁ、ありがとう・・・。」

Written by Masato Iwakiri Copyright(C)2009-2021 Atlantis英語総合学院 All Rights Reserved.