蚊くん。IV

日本語版

 

第一章

天国では、問題が生じているようだった。
天使たちは皆混乱して、雲の上をうろうろして、誰かを探しているようだった。
ケイティーがいなくなってしまったのだった。

「どこにいるんだろうか。」王様が言った。

彼は、すべての生命体の王だった。

「それにジョーに最後に会ったのはいつだったか。」

彼は、地球と同じ魂を持っていた。

「捜索隊を送りましょうか?」大天使のひとりが言った。
「いやその必要はない。」王様が言った。
「太陽さんに訊いてみよう。」
「よろしいかと。」

「太陽さん、聞こえますか?」王様が言った。
「うん? もちろん。」太陽が言った。

王様は、サングラスをかけていた。

「王様にサングラス?」太陽が言った。

「いや失礼。でも今日はとてもまぶしいから。」王様が言った。
「ところで、どうかしたのかな?」太陽が言った。
「ケイティーがまたいなくなってしまった。雲のベッドで一寝入りしていると思っていたんだが、翌朝、もういなくなってしまっていたんだ。」
「それなら風さんに訊いてみるといいよ。彼女のことならよく知ってるから。」太陽が言った。
「いずれにしても、ありがとう。」王様が言った。

ケイティーは奇妙な夢を見た。何か邪悪なものに追いかけられる夢を見た。
彼女はユニバースに入って、そしてそれから、蚊に恋をしたのだった。
彼女は風さんに出会い、風よりも早く飛んではならないと言われた。

あれ?

「わかんない。何の次に何?」

彼女は、ただの夢かと思ったのだが、それは違うような気がしていた。
彼女は、本当のことを知りたかった。とうのも、あまりにも鮮明な夢だったのだ。

「いずれにしても。このユニバースを知る上で最も簡単な方法とは・・・。」彼女は最後の文を思い出した。

「全ふわっ。」

しかし、「全ふわっ。」はかからなかった。
「んー? 夢だったのかなぁ。」ケイティーが言った。

彼女はひざをたたいた。
すると突然、彼女の身体は「ふわふわ。」モードに移行した。

「聞こえるでござるか?」ウェルターが言った。
「ハーイ、ウェルター。私はどこにいるの?」
「教会でござるよ!」
「いままさに結婚しようとしているときでござる。準備は・・・? いや。式の準備をしなくてはなりませんぞ。」
「結婚?」ケイティーが言った。
「そうでござる。そなたとジョーはもうすぐ結婚するでござる。」ウェルターが言った。
「わー。ジョーと!」ケイティーが言った。
「でもどこで? ここ? この教会?」ケイティーが言った。
「えーと。お江戸のことはまだ覚えているでござるか?」ウェルターが言った。
「うん、覚えてる!」ケイティーが言った。
「お江戸ではお圭だった。そして、ジョーは総司!」ケイティーが言った。
「そうそうそう。」ウェルターが言った。
「でもなんにも準備してないよ。どうしよう。ドレス、どうしたらいいのかしら。」ケイティーが言った。
「ジョーは準備ができてるでござろうか。」ウェルターが言った。
「どうして結婚のことを忘れてしまったでござるか。」ウェルターが言った。
「わかんない。ウェルターは?」ケイティーが言った。
「わからぬでござる。拙者も。」
「おっけー。じゃ、ママにたずねてみる。ちょっと待っててね。」ケイティーが言った。

彼女は妖精モードに移行して、森の方角へ向けて(飛んで)いった。
次にウェルターのところに帰ってきたとき、彼女は武装していた。

「えっ。」ウェルターが言った。
「それはドレスではないと存じるが。」ウェルターが言った。
「あのね、息子たちが病気になっちゃってるの。」ケイティーが言った。
「あぁ、これは過去からきたケイティーでござるな。」ウェルターが言った。
彼は不思議に思った。時空のねじれ(歪み)であろうか?

「武装?」ウェルターはひとりごとを言った。

ジョーもまた、夢を見ていた。
ジョーは、ごぞんじ、熱帯雨林にいたんだ。
彼の隣ではセント・ジョンが寝ていた。

「寂しいよ。」

彼は「全ふわっ。」をかけた。

「そうだ。何かしなくては。」ウェルターが言った。

風さんは、ケイティーを捜していた。
「ケイティー? あぁ、ケイティー。」風さんが言った。

「わかったでござる! カブトムシに転生しなくては。彼女を救うでござる。」ウェルターが言った。

「あの魔女と闘えるのだった。そうである!」ウェルターが言った。
「しかし二刀やいかに。」彼は考えていた。

彼は、どうやって過去に戻るのかを思い出した。
彼は再び「全ふわっ。」をかけて、カブトムシの姿に変身した。

「魔女に攻撃をしかけなくては。強くあらねばならぬでござる。」
「ケイティー、待ってるでござるよ。全力を尽くすでござるからな。」ウェルターが言った。
「全ふわっ。」

彼は指でタップをして、また消えた。

その頃、彼らの主人は、ウェルターの帰還を待っていた。
ウェルターのお父さんと一緒にね。

「日本茶はいかがですか。」主人が言った。
「そりゃいいね。よろこんで。」ウェルターの父親が言った。
「気を付けて。熱いですよ。」主人が言った。
「しかしここでお茶をいただくというのも変な話でござるな。」ウェルターの父親が言った。
「いやいつものことですよ。外では桜の花が満開でしょうかね。」主人が言った。
「おっと。聞いたことのある話だな。ん? どこだったろうか。」ウェルターの父親が言った。
「さてわかりませんね。」主人は言って、にっこりした。

「どなたか?」

誰かがきた。

「どなたか? 夫がどこにいるかご存じないですか。」

ケイティーだった。

 

 

第二章

ケイティーは、「夫がいなくなっちゃったの。」と言った。

「夫って、未来の夫のこと? それとも現在の?」主人が言った。
「んーと。現在の?」ケイティーが言った。
「ということは、もう結婚してるってことだね。」主人が言った。
「うん。」ケイティーが言った。
「ん?」主人は不思議に思った。
「覚えてる限り、君たちふたりはユニバースで結婚したんだよね、ケイティー。」主人が言った。「彼の頭には王冠が載ってて、君は白いドレスを着ていた。あってる?」
「うん。あってる。どこに行こうとしてるのかも言ってくれなかったの。」ケイティーが言った。
「ちょっと失礼。」主人が言った。

彼は意識を集中して、ノートPCを開いた。

「ジョー、聞こえる?」主人が言った。

返答はなかった。

「どこにいるんだろうね。」主人が言った。
「ジョーって言った?」ウェルターの父親が言った。
「言った。」主人が言った。
「私が思うに、ジョーは過去か未来にいるのではなかろうか。」ウェルターの父親が言った。
「そんなこと、わかってるよ。」ケイティーが言った。「あれ。」
「あなたは、ウェルターのお父さんでしょ?」ケイティーが言った。
「なんか、いつかどっかで会った気がするんだけど。どこだかわかんない。」
「ケイティー、」ウェルターの父親が言った。
「日本茶でもどうかな、ケイティー。」主人が言った。
「ありがとう。」
「かたじけない。うまかったでござるよ。」ウェルターの父親が言った。

彼らはお互いを見合わせた。

「ジョーにお会いになったことは?」ケイティーが言った。
「もちろんあるとも。長いことソウルメイトやってるからね。」ウェルターの父親が言った。「お江戸では、友人だった。総司って名前だったよ。」

僕のお部屋には、毎日来客がたくさんあるんだ。
時として、いつどこからやってきたのかがわかんなくなっちゃう。
ケイティーはジョーがどこへ行ったのかわからないと言っているけれども、今日はジョーの魂と連絡がつかないんだ。
彼が昔死んだとき、僕の魂の中に戻ってきた。
彼は、すべての蚊の王として死んで、妖精になったんだ。
そしてついに、彼は再び完全体として蘇ったんだよ。人間として。
ご存じの通り、僕は彼らの未来のことについて言えないからね。

「うーん。時空の歪みだなぁ。」主人が言った。

「まだ見つからないか。」雲の上で王様が言った。
「はい。まだ見つからないです。」大天使が言った。
「あー。探さざるをえんな。」王様が言った。
「王様ご自身がですか?」大天使が言った。
「みんなに、ここを離れると言っておいてくれ。下界に降りなくちゃならん。」
「待ってください!」
「それでは!」王様が言った。「全ふわっ。」「現在時空の、ケイティーのところへ!」

突然、すごい雷が教会の屋根を撃った。

「何か違う気がする。」王様が言った。

ケイティーはそこにいたが、ひとりごとを言うと、森へ「全ふわっ。」をかけた。

「あら。」王様が言った。

また、目の前でケイティーがいなくなってしまった。
そして、受けたショックで、王様は何もかも忘れてしまった。

「雨だ。」王様が言った。

「いい教会だよね。」王様が言った。

 

第三章

王様は、何も考えずに教会の中へ入っていった。

「ここにいたい。」王様は言った。

周りには、灯のついていないろうそくがたくさんあった。

王様は、指でタップした。

すると、すべてのろうそくに灯がともった。

そう。王様には特別な力があったんだ。

彼は何かを思い出そうとしていた。

その昔起こった、何か特別なこと。

結婚だった。

彼は立ち上がって、ヴァージンロードの方向へ歩いていった。

目を閉ざして、彼は妻の顔を思い出していた。

「あぁ、君がいなくてさみしいよ!」王様が言った。

「誰かそこにいるんですか?」誰かが言った。

「失礼。私だよ。」王様が言った。

「ろうそくは消えてると思ったんだけどな。」その男が言った。

「気に入らなければ、灯は消すよ。」王様はそう言うと、再び指でタップした。

「ろうそくの灯、消えろ!」王様が言った。

すると突然、すべてのろうそくの灯が消えた。

教会の外では、ものすごい雨だった。

また雷が教会を撃った。

誰かが叫んだ。

「どうしてこんな登場のしかたなのよ!」」ひとりの女性が言った。

「ごめんよ。」王様が言った。「寂しかったんだ。」

「ここにいない? 教会の中に。」王様が言った。

「心の中で、君に向けて、『寂しいよ』って言ったんだ。」王様が言った。「そしたら君が現れた。」

「地上では気をつけてね。あなたには特別な力があるんだから。」その女性が言った。

「そうみたいだね。」王様が言った。

「すみませんが、もしよろしければ、もう少しここにいたいんですが。」王様が言った。

「灯りはつけてですか?」その男が言った。

「はい?」彼はまたタップをした。

「ミュージック、スタート!」王様が言った。

パイプオルガンが、彼の好きな音楽を奏で始めた。

王様は、クラシックが大好きだった。

とくに、バッハ。

「言っとかなくちゃいけないことがあるんだけど。」王様が言った。

「だめ。地上では聞きたくないわ。」女王が言った。

「わかった。じゃ、心にとどめておくね。」

「はやく娘の顔を見たいよ。」王様が言った。

「ケイティーのこと?」女王が言った。

「うん。」王様が言った。「寂しい。それに、ジョーはどこに行っちゃったのかな。」

彼の指が何かに触れた。

雷が二回、また教会を撃った。

「教会で何が起きているでござろうか。」ウェルターが言った。

一時間に四回も教会に雷が落ちたのだ。

何かおかしなことが起こっているに違いない。

ケイティーはどこへ行ったのか。

彼は、教会へ飛んで行こうとした。

激しい雨が地面を打っていた。

彼は飛べなかった。蚊だったのだ。

ところで、王様はケイティーとそっくりの目をしていた。

深い緑で、それはまるで彼女が生まれた森みたいだった。

そしてその瞳は、深い優しさと、もの寂しげな輝きを宿していた。

天上では、彼は王のように振舞ってきた。もちろん。

しかし下界では、彼は孤独を感じるひとりの男にすぎなかった。

彼には、どうしても生前に起こったことが忘れられなかったのだ。

 

第四章

すべてのろうそくの灯がより輝きを増した。

天からは、すごい雨が地面を叩き付けていた。

空は暗かった。そして、稲光が教会を撃った。

「もう、いやー。」ケイティーが言った。「どこかしら。」

「あいたた。背中を打ったみたいだ。」ジョーが言った。

王様のタップにより、彼らは教会に現れたのだった。

みんなずぶ濡れだった。

「こちらへどうぞ。じゃないと、風邪引いちゃいますよ。」その男が言った。

「そういってくれてありがとう。」王様が言った。

彼らは彼の言葉に従った。

「ここで衣服を着替えてください。」その男は言った。

「それからご婦人たち?あなた方は専用のお部屋へどうぞ。こちらです。」その男が言った。

「どうもありがとう。」二人は言った。

「あ。おかあさん!」ケイティーが言った。

そう。彼女は母親だった。天上界の王女だった。

妖精の転生を経て、彼女はその地位に戻ったのだった。

「すっごい探して回ったんだから。見つけられなかったのよ。どこ行ってたの?」

二人は、同じトーンで言った。

ふたりは笑った。

そうだね。娘ってのは、母親に似るもんだもんね。

「私、雲のベッドで寝ていたの。変な夢見ちゃった。」ケイティーが言った。

「それで?」

「そして、蚊に恋に落ちたの。」

ケイティーが言った。

「蚊に?」

女王が言った。

「ジョーって名前の。」

ケイティーが言った。

「その蚊のことについてはわかんないけど、ジョーがどこにいるのかならわかるわよ。」

「本当?」ケイティーが言った。

「すぐに会いたい!どこにいるかな。」

「ドアのすぐ後ろよ。」女王が言った。

「嘘ばっかり。」

ケイティーが言った。

「ジョー?聞こえるかしら。」女王が言った。

「聞こえます。どなたかはわからないけど、一瞬待ってもらえませんか。ここで着替えをしているんです。」

「できればもう一瞬!」王様が言った。

「ダーリン、タップしてドレスを彼女に。」女王が言った。

「もうすぐ結婚するのよ、あなたは。地上では私にも特別な力があるのよ。」

彼女には、未来が予知できた。

ケイティーは白のドレスに着替えた。

女王もタップして、そのドレスをより白くした。

「大丈夫かな。」ケイティーが言った。すこし緊張していた。

「ええ。すごく素敵よ。」

女王が言った。

「ダーリン、準備はできた?」女王が言った。

「準備完了。」王様が言った。

「どうして燕尾服なんて着ているんだろう?」ジョーが言った。

「心配いらない。ここは教会の中だから。」王様が言った。

王様は、女王が心と未来を読めるのを知っていた。

そして彼女は夫に秘密のメッセージを送っていたのだった。

彼にもその未来がやってくるであろうということがわかった。

突然、ジョーのチャクラが開き始めた。

額のチャクラからではなく、すべてのチャクラからだった。

「うわぁ。さっきよりもすごく見えるよ。」王様が言った。

「あなたは私の・・・?」ジョーが言った。

「私がわからないのかな?」

王様が言った。

彼は指をタップして、自分の頭の上に王冠を載せた。

「ああ、王様!」

ジョーが言った。

「ここで結婚式を挙げるんだ。」王様が言った。

「あなたと誰かが?」ジョーが言った。

「違うよ。君と誰かさんだよ。」王様が言った。

「えっと。ちょっと待ってください。混乱してるんです。いずれにせよ、僕には相手がいますから。」ジョーが言った。

「知ってるよ。ケイティーだろ?」王様が言った。

「いったいどうしてそんな・・・。」ジョーが言った。

「パイプオルガン、スタート!」王様が言った。

音楽が始まった。

「もうじき雨が止めばいいのにね。」王様が言った。

「僕もそう思います。」ジョーが言った。

突然、雨がやんだ。

「わぁ。奇跡だ!見えるかい?太陽の光だよ!」

王様が言った。

「虹が見えるといいな。」王様が言った。

彼にはまだ、特別な力が認識できていないようだった。

雲の切れ間から、ひとすじの虹が現れた。

「緊張するなぁ。」

ジョーが言った。

最後に緊張したのはといえば・・・

「あれ?これは一回目?子供が二人いるんだぞ。」

ジョーが言った。

「心配いらないよ、ジョー。」王様が言った。「結婚はいいもんだよ。」

 

第五章

そう。これは、ジョーにとって、二度目の結婚だった。
しかし、最初の相手はケイティーで、二度目の相手もまたケイティーだった。

「あれ?」

ジョーは王様に向かって言った。

「これはおかしいです! 僕たちはもう結婚してるんだって伝えなくちゃ。」

彼はバージンロードのほうに向かった。

「ケイティー、これが何だかわかる?」ジョーはそう言うと、ポケットからいちごを取り出した。
「おお。」王様が言った。
「ううん。わかんない。何か特別なもの? 私たちにとっての。」
「僕たちの子供たちにとってだよ。」
「病気のことは覚えてる? んーと、マラリアのこと。」
「覚えてない。」
「いずれにしても、言っておかなくちゃいけないことがある。僕らは、もう結婚してるんだ!」
「何がいけないの? はじめてじゃない?」
「僕たちの結婚は、ユニバースでなくちゃいけない。」
「ユニバースで?」
「『全ふわっ。』ってコマンドはまだ覚えてる?」
「うん。」
「それじゃ、・・・。」
「全ふわっ。」

彼らの魂は宇宙空間に再び舞い上がった。
今度は、ウェルターと風さんも一緒だった。

「おめでとう、ジョー。」月の王女が王冠を差し出した。
「ありがとう!」ジョーが言った。
「パパとママはどこだろう。」ケイティーが言った。
「まだ教会だね。」
「招待しよう。」ジョーはそう言うと、耳の形に指を曲げた。
「王様、聞こえますか。」ジョーが言った。
「僕たちは、ユニバースにいます。王冠をもらいました。」ジョーが言った。
「太陽さんの準備もできてます。」ジョーが言った。
「月の王女も。」ケイティーが言った。

彼には、すぐにふたりが合流しようとするのがわかった。

「『全ふわっ。』かけて、こっちに来てください。」

王様は、教会のろうそくの灯をすべて消した。
彼らはそれぞれ見合わせると、うなずいた。

「望むらくは・・・。」王様が言った。
「ダーリン、ダメよ! まだ下界よ!」彼の妻が叫んだ。
「ユニバースに虹がかかってるといいなぁ。」王様が言った。

虹の階段がふたりの前に現れた。

「ケイティー、虹に乗れる?」ジョーが言った。
「階段に? うん。」ケイティーが言った。
「紫に乗った。」ケイティーが言った。
「そして藍色?」ジョーが言った。
「そして青!」ケイティーが言った。
「そこにいて。」ジョーが言った。
「青は、7の階層にあるんだ。その色がいい!」ジョーが言った。
「青? わかった。」ケイティーが言った。
「あなたにも、これ。」月の王女が言った。
「ありがとう。」ケイティーが言った。

王冠だった。

「そしてこれは?」ジョーはサングラスを取りだした。
「王様に。」月の王女が言った。

ジョーは王様のほうに歩を進めた。王様はサングラスをかけた。
ジョーには王様が涙を流しているのがわかった。
涙は、両頬を流れていた。

「ああ、ケイティー!」王様が言った。
「私のケイティー!」王様が言った。

彼女は天の川に向かって歩いた。
ジョーも天の川に向かって歩いた。
そして天の川の真ん中で彼らは永遠の愛を誓った。
彼らはキスをすると、うなずいた。
主人がタップした。

「乾杯!」
「乾杯!」

彼はシャンパンのグラスを物質化した。
王様はほとんどむせび泣いていた。
女王が肩を叩いてやった。
結婚が成立した。
いま、ふたりは幸福のさなかにあり、ジョーはこう宣言した。

「ケイティーと一緒になりました。そして僕はすべての蚊の王です!」

彼は僕らの前にあった緋文字を読んだ。

「いつの日か。近い将来に。」
「自然と、そして、僕らを取り巻くすべてのものと調和します。」
「調和を学ぶために、僕らはここにいるんです。」
「いくつもの転生を経て、学んだことがあります。魂は、血よりも濃い!」
「これまで通り、仲良くしてください!」
「できる限りのことは約束します。そして、すぐにそれは本当であることがわかるでしょう。」
「もういちど、乾杯!」

観衆は立ち上がって、拍手をした。
彼は飲み干した。

「おかわり?」ケイティーが言った。
「トマトジュースが欲しくなってきた。なんでだろう。」ジョーが言った。
「マスターと一緒に飲みたいな。」ジョーが言った。
「私も。」ケイティーが微笑んだ。

「マスター?聞こえるでござるか。」ウェルターが言った。
「うん。聞こえるよ。」主人が言った。
「でも見えないんだ。多次元は見えないからね。」主人が言った。
「どんなかんじ?」主人が言った。
「筆舌に尽くしがたいでござる。」ウェルターが言った。

全ユニバースが彼らの結婚を祝福していた。
しかし、次に何が起こるかはわからない。
彼らの背後には、危険が迫っていた。
土星の上に、大鎌が見えていた。

 

第六章

一本の大鎌が、土星の上に見えた。
悪魔は、いい気分ではなかった。
というのも、悪魔には、その二人がユニバースに平和をもたらすであろうことがわかっていたのだ。
気に食わない。
もしも息子たちが生まれてしまったならば、ユニバースは彼らのものになってしまう。
悪魔には、この結婚が何を意味しているのかがわかっていた。

「いずれにしても、急がなければ。彼らを離れ離れにしてくれよう。そして、うちの連中をよこさなくてはな。」悪魔が言った。
「行け! お前らには次に何が起こるのかわかるだろう? 引き裂いてしまえ! このユニバースは、全部わしのものだ。」悪魔が言った。

ひとつの大きな雲が、まるでハリケーンのようだった。彼は、にやりと笑った。

「ああいい考えだ。」彼はうなずいて、顎をさわった。
「楽しい記憶をふたりから奪う薬をつくってやれ。」彼は言った。
「彼らの楽しい記憶はすべて失われ、すぐに別々の時代に入るだろう。」

悪魔たちの準備ができた。

「すべての毒を首に注射してやれ。寝首を掻いてやろうじゃないか。一言もなかろう。そして、違う顔にしてくれるわ。」悪魔が言った。
「わしに奴の顔をくれ。そうすれば、わしがすべての生命体の王だ!」悪魔が言った。
「準備完了。」彼らは言った。

ふたりの子供たちはまだ行方がわからなかった。
彼らは、まだ森の中で遊んでいた。
彼らは野いちごとお話をしていた。そして、死が存在することを知ったばかりだった。

「死んだら、どうなっちゃうの?」小さいほうが言った。
「あぁ、君には死ぬっていうのがわからないんだね。」
「うん。」
「うーん、そうだね。万が一死んじゃったら、もう君たちのご両親の顔は見れなくなっちゃうんだよ。」
「それはいやだ。」
「僕も。」
「ママ?いますぐ顔を見たいよ!」弟が言った。
「わ。」兄が言った。「迷子になっちゃった。」

道が分かれているところに出くわしたとき、彼らは、どっちに行けばいいのかわからなかった。

「どっちだ?」

彼らには、文字が読めなかった。まだ幼すぎたのだ。

「ママー!」ふたりの子供が言った。

彼らは、ケイティーのように、時空の歪みの中に飲み込まれていった。
もし彼らがその方角に足を踏み入れると、未来のあとに過去に出くわすことになる。
時間は、私たちの時間のように、前に進まないのだ。
彼らは大人になり、子供になり、そして、若くして死んでしまう。
魔女が時間の沼を作っていたのだった。
そう。罠だった。
その沼は川のそばにあり、同じ水が野いちごの周りを流れていた。
野いちごには問題がなかったが、子供たちには有害である可能性があった。
食べると、問題が生じる危険性があった。
そして、ふたりはもうその野いちごを食べてしまっていたのだ。

「わかった。」魔女が言った。
「過去と未来を変えてあげようね。二度と両親の顔が見れないようにね。」
「あんたたちが生きてるとね、困るのは私なんだよ!」
「この犬を使おう。記憶力がいいからね。そして、この子はおともだち。」
「おいで。これが人間の匂いだよ。わかったかい? あとをつけておいき。」

王様はふたりの結婚のあと、すこし気分がすぐれなかった。

「寂しい。」王様が言った。
「私もだわ。」女王が言った。
「このお薬はいかがかな。すぐに、寂しさなんて忘れてしまいますよ。」

黒い服を着た老女が言った

「誰だい?」王様が言った。
「ただの通りすがりですわい。」老女が言った。

彼女には右目がなかった。

そのとき、ジョーは何か落ち着かなさを感じた。

「ねぇ、ケイティー?」ジョーが言った。
「君は、過去から来たんだろう?」
「よくわかんない。でも、気分はいいわ。」ケイティーが言った。
「結婚って。なんて素敵な響きかしら!」ケイティーが言った。

ジョーのチャクラが開きはじめた。
それは、未来からのイベントに彼が気づくサインのようなものだった。
一連の情報が彼の中に入ってきていた。

「ケイティー、ここにいて。」ジョーが言った。
「未来の子供たちと話をしなくちゃ。」ジョーが言った。

ジョーは、子供たちがここにいるのを感じて、話そうとした。

「おーい?ここにいるのはわかってるぞ。どうかしたのかな。」
「見たことない人がきて、手紙もらった。」
「手紙?」
「その女の人がね、2015年まではその手紙は開けちゃダメだって。」
「2015年まで?」

「このきまりが守れないと、君たちの未来はすこーし変わってしまうかもしれないからね。」その老女は言った
「2015年までは読んではならぬのじゃ。君たちの未来はこの中に入っている。」彼女は言った。

魔女には確信があった。きっと、きまりが守られることはないだろう。
だって、子供というものは未来を知りたがるものだからね。
お開けよ、お開け、小さいの。

「その手紙を開封しちゃダメだ。」ジョーが言った
「でもどこにいるんだい?姿がよく見えないよ。」ジョーが言った。
「『全ふわっ。』はかけられる?」ふたりが言った。
「うん。でも、ここに君たちのママを残していきたくないからね。」ジョーが言った。
「よかった。ママはまだ生きてるんだね。」ふたりが言った。
「何だって?」ジョーが言った。

 

 

第七章

「ケイティーのことを言ってるのか。」
「そうだよ、パパ。まだ生きてるでしょ?」年上の子が言った。
「もちろん生きてるよ!」ジョーが言った。
「生きて・・・いるとも。」ジョー。

その言葉はつまり、いつの日か近い将来に、ケイティーはこの世を去ってしまいかねないということだった。

「今その手紙は持ってる?」ジョーが言った。
「パパはこれから・・・いや。だめだ。読んじゃいけない。少なくとも、2015年までは。」ジョーが言った。
「もう開けちゃったよ。」年下の子が言った。
「だめだ! すぐに封をしてくれ。」
「その手紙を開けちゃいけない。でも僕はケイティーのことが心配なんだ。」
「どうなっちゃうんだ?」

そのころ、悪魔は笑っていた。黒い雲の間から見下ろしていた。

「ほら開けろ。お前たちは、そこに書かれてある未来をすべて失うだろう。」

悪魔は、すでにその手紙は封を切られていたことに気付いた。

「ほう。もう誰か開けてるぞ。」
「もう未来が消えておるわい。ははははは!」
「全ふわっ。かけたら、ママのそばにいるんだよ。わかったかい。」ジョーが言った。
「奇跡を起こせる人にお願いしなくては。ケイティーをよみがえらせてくれる誰かに。」
「ケイティーが死んじゃう前に、約束しておかなくては。」ジョーが言った。
「ケイティー、手紙のことについて話をしなくちゃいけない。」ジョーが言った。
「手紙?」ケイティーが言った。
「うん。僕たちの未来についての手紙なんだ。誰が送ってきたのかもわからない。」ジョーが言った。
「でもなんか変な気がする。これはまるで・・・。」
「呪い?」ケイティーが言った。
「そう。まるで呪いみたいだ。」ジョーが言った。
「2015年がくるまでは読んじゃいけない。僕たちの幸せな未来を台無しにしたくないんだ。」
「ふたりの子供が来ている。いまここに現れることはできるかな?」
「できないよ。だって、できないんだもん。」子供たちが言った。
「どうして?」
「だって、まだ地上に産まれてないんだもん。」二人が言った。
「新婚ほやほやでしょ?」二人が言った。
「うん。」ジョーが言った。
「そう。とっても幸せよ!」ケイティーが言った。
「わーい。僕たち、もうここにいるからね。パパとママ。」二人が言った。
「でも。足が消えてきてるんだ。地面に立てないよ。」小さい子が言った。

王様と女王は薬を飲んでしまった。
あまりにも人が良すぎて、薬と黒づくめの女性のことを疑わなかったのだ。
すぐに、悲しい気持ちは消えた。

「あぁいい薬だね。」王様が言った。
「すごく気分が楽になった。でも、何がいけなかったんだっけ。思い出せない。」王様が言った。
「私もいい気分だわ。」女王が言った。
「いったい誰だね?」王様は女王の前で言った。
「なんて素敵な女性なんだ。」王様が言った。

時が過ぎていくのは速い。
でも、時間というのは海に流れていく一本の川のようなんだ。
もしモーターボートを使えば、人生は短くなっちゃう。
足を止めて、どこにいるのか考えてごらん。
覚えておくんだ。そんなに早く進んじゃいけない。
人生を楽しみたかったら、前もって未来なんて見ちゃいけない。
次の瞬間にくるのは、まだ見たことのない景色だよ。
時間にすぐに適応できるからね。準備さえできてればね。
人生を楽しむんだ。そして、その瞬間に味わえるものすべてを。

そう。

人生は長いよ。

「胸に何か妙な感じがするでござるよ。」ウェルターが言った。
「胸に? ちょっと見せてみなさい。」父親が言った。
「なんだこれは。手紙か?」父親が言った。

それは未来からの手紙だった。

「ウェルター、君の助けが必要だ。まだケイティーに奇跡を起こせる人が見つからない。」
「セント・ジョンと同じ病気みたいなんだよ。」
「とても困ってる。」
「すぐに、僕たちのところに来てはくれないか。」
「ジョーより。」

 

第八章

ウェルター、君の助けが必要だ。まだケイティーに奇跡を起こせる奴が誰も見つからない。
セント・ジョンと同じ病気にかかってるみたいだ。
困ってる。
すぐに僕らのところに来てほしい。
ジョーより。

「セント・ジョンの病気ってなんだったっけ。」ウェルターの父親が言った。
「マラリアでござる。」ウェルターが言った。
「いずれにしても急がねば。未来に向けて『全ふわっ。』かけるでござる。」ウェルターが言った。
「そうだな。」父親が言った。
「全ふわっ。」二人は言った。「未来へ!」

ケイティーは困難に陥っていた。
彼女は、ある条件下では、雲の下では、自分がやってきたことのすべてを忘れてしまうように思われた。

「ジョー。私、何か変なの。」ケイティーが言った。
「なんか脳が溶けてるみたいな感じ。」ケイティーが言った。
「熱があるみたい。」ケイティーが言った。
「ねぇ、私綺麗だった? 雲の上で。」ケイティーが言った。

誰かがケイティーを酔っぱらわせたのだろうか。

「うん。素敵だったよ。教会のことは覚えてる?」ジョーが言った。
「教会って?」ケイティーが言った。

ジョーは少しうろたえた。これはいつものことなのだろうか。彼女にとって。
ケイティーは、時として、自分に降りかかってきたすべてのことを忘れちゃうんだろうか。
ジョーには自信がなかった。

「あのー。どうかなさいましたか。」ジョーの目の前で一匹のネコが言った。
「あちゃー。」ジョーが言った。
「どうやってしゃべってるんだい?」ジョーが言った。
「君は人間みたいに口を動かしてないみたいだけど。」ジョーが言った。

彼女は質問には答えなかった。

「ケイティーはこっち側に来るところみたいですよ。」ネコは言った。
「えっ。こっち側って?」ジョーが言った。
「ええ。死後の世界があるの。」ネコが言った。
「ってことは。君は天国から来たわけだ。」ジョーが言った。
「そうなの。」ネコが言った。
「頻繁に来てるみたいですよ。」ネコが言った。
「死んじゃうのかい? ケイティーは。」ジョーが言った。
「よくわからない。」ネコが言った。
「でも君はケイティーを知っていて、天国で見たことがあるんだね?」
「うん。」
「待ってくれ。」ジョーが言った。

ジョーは指をタップして、一本のペンと一枚の紙を物質化した。

「どうやったの?」ネコが言った。
「タップしたんだよ。マスターみたいに。」ジョーが言った。
「あなたも天国の人みたい。」ネコが言った。
「いいかな?」ネコが言った。
「ん?」ジョーが言った。

ネコはジョーの両膝の上に乗った。

「あなたの夢のイメージなら見れるわ。」ネコが言った。
「夢を見ているのかな。」ジョーが言った。
「それはちがう。」ネコが言った。
「眠いよ。ねージョー?ベッドまで抱えてって。」ケイティーが言った。
「歩けないの。」ケイティーが言った。
「ずーっと昔から知ってるんだから。」ケイティーが言った。

そして彼女はがくんとした。

「ケイティー、おい、ケイティー?」ジョーが言った。
「ねー。」ネコが言った
「水先案内をしなくちゃいけないみたいなんだけど、あなたにも必要かしら?」ネコが言った。

ジョーはためらった。

「心配しないで。まだこの世を去ったりしないから。未来についてお話ししなくちゃなの。」ネコが言った。

彼女は意識を失ってしまったように思えた。
するとそのネコは突然、一筋の光の中に消えていった。
ジョーは目をこすった。
ネコは消えていた。

ジョーはウェルターに便りを書いた。
そう。この章の頭にあったお便りのことだよ。
ジョーは、ケイティーに何をしてあげればよいかわからなかった。
ジョーは、いまや自分のためにも何かを物質化できるようになっていて霊力も増していたのだが、ケイティーに結婚のことについて全部思い出させることはできずにいた。

いや、「複数回の結婚について」って言うべきかな。

そのネコは光の次元に旅していた。
光の世界には、すべてがあって何にもない。
素晴らしくて、満ち足りた状態になれる世界だよ。
それは天国に属している。
天国には(天国的なものは)何でもあって、そして痛みや苦しみはないんだ。
これまでに経験した記憶のフラッシュに出くわすことになる。
ネコはケイティーの記憶を探していた。

さて君はジョーとケイティーの間のふたりの子供を覚えているかい?
彼らは光の世界を旅していた。
彼らには、ジョーがウェルターにメッセージを送ったのがわかった。
そして別次元で、彼らは、ウェルターたちが未来に移動するのがわかった。
5の階層、6の階層、7の階層、そして・・・。
彼らは未来時空に到達した。

それは、夢の時空だった。

 

第九章

そのふたりの子供たちは足が消えつつあるのを感じた。
手紙を読んでしまったからなのだろうか?
年上の子が小さくなった。
年下の子が赤ちゃんに戻ってしまった。
しかし、彼らには白くて強い翼があった。
年上の子はまだしゃべれたものの、年下の子はもう会話ができなくなっていた。

「だー。」年下の子が言った。
「わ。やばい。ちっこくなっちゃった。」

その魔女はにやついた。

「お前たちのすべての記憶は数日中にぜーんぶ消えてしまうだろう。ははは。」魔女が言った。
「そしてあんたたちも?」

彼女は水晶の中の王と女王に言った。
子供たちが言葉を失うことはわかっていた。
水晶ごしに秘密が見て取れた。
しかし、未来のことについては書かれていなかった。
その少年たちにかけられた呪いは機能していた。
そう。
不運なことに、彼らはもうその手紙を読んでしまっていたのだ。

「それから。もうすぐお前はやもめになるのじゃ。」魔女が言った。
「なぜなら、私がお前の人生を書いた。全世界を私のものにしてくれよう。」魔女が言った。
「待て!」誰かが言った。
「わしらのだ。」悪魔が言った。

ジョーは次に何が来るのだろうと考えていた。
そのネコは光の中に消えてしまった。
ケイティーはぐっすりと眠っている。
彼は手紙のことを思い出した。
そして、ややもしないうちにウェルターとその父親がジョーのところにやってきた。

「元気でござるか!」ウェルターが言った。
「救出に来たでござる。」ウェルターが言った。
「うちの父も連れてきたでござる。蘭学には詳しいので。」ウェルターが言った。
「わぁびっくりした。」ジョーが言った。
「どれどれ?」ウェルターの父が言った。

彼は一瞬でケイティーの全身をくまなく調べた。

そう。彼にはX線があったんだ。

「風邪をお召しになっているだけだと存じるが。」ウェルターの父親が言った。
「いやそれは違うと思う。」ジョーが言った。
「まだお薬は飲んでないでござるか。」ウェルターが言った。
「わからない。」ジョーが言った。
「いずれにしても、ぐっすり眠ってる。今できるのは、温かくしてあげることだけだ。」
「このお薬を使いなさいよ。楽にしてあげたいんならね。」魔女が言った。
「死の味がするけど。」魔女が言った。

ジョーの膝の上に現れたネコのことは覚えているかい?

そのネコは、光の世界に到達した。

別の言い方をすれば、天国に。

ネコは強い語調で言った。

「ケイティー、まだ天国に来ちゃだめ!」

しかしケイティーは光の世界に現れてしまった。

「なんで? ここにいたい。」ケイティーが言った。
「あなたは、生きてるの? それとも死んでるわけ?」ネコが言った。
「うーん。よくわかんない。」ケイティーが言った。

ケイティーの頭上には天使の輪っかがあった。

その輪っかは光の環のように見えた。

どこにいたのかって?

僕にはわかる。

ケイティーの胸の中にいたんだよ。

 

第十章

ケイティーの胸は光でいっぱいだった。
そして、彼女の身体はいまやとても小さくて薄くなっていた。ケイティー自身の胸のチャクラに入れるくらい。
病気はなかった。
そして、彼女の頭上の光は、自分の胸の光であることを示していた。
まるで天使の輪っかみたいに。
その世界はケイティーだけのためのものだった。
これまでに経験した想い出でいっぱいだった。
もちろん、ジョーとの想い出。そして、妖精だった頃に森にいたママのこと。
ケイティーの胸には、美しくてかわいくて、でも強い魂が見えた。
ほらみてごらん。
川の近くの広場で魔女と出会ったときのこと。
わぁ、こんなに怖かったんだね。
その瞬間、一匹のカブトムシが魔女の目にぶつかった。

「ねぇ、ケイティー?」カブトムシが言った。
「大丈夫でござるか。」ウェルターが言った。
「聞こえるかい?」ジョーが言った。
ジョー?
「目を覚ますんだ。」ジョーが言った。

彼女はなんとかちいさな灯りの下で目をこじ開けた。
ジョーはまだ命の明かりがそこにあるかどうかチェックしていた。

「うーん。あれ? このふたりは誰?」ケイティーが言った。
「あぁよかった!」ふたりは言った。
「君は20時間も眠ってたんだよ。」ふたりは言った。
「20時間? 雲の上で?」ケイティーが言った。
「セント・ジョンの病気と同じ病気にかかっていないか心配してたんだ。」ジョーが言った。
「自分でお薬飲んだでござるか。」ウェルターが言った。
「うーん。飲んでないと思う。」ケイティーは言った。というのも、自分が何をしていたのかわかっていなかったのだ。
「じゃあ、どうして彼女は20時間以上も眠り続けていたんだろう。」

ジョーは手紙のことを思い出した。
魔女の放った呪いはいまだに効果を持っていた。
誰かがすでに手紙を開封していた。

「未来からきた男の子たち、聞こえるかい?」ジョーが言った。
「うん。聞こえるよ。」彼らが言った。
「手紙を開封したのは君たちなのかい?」ジョーが言った。
「ううん。」彼らが言った。
「じゃ、君が手紙を開封したのか、ケイティー。」ジョーが言った。
「そうよ。」「だって、もう2016年なんだもん。」
「えっ?」
「ママには2015年がくるまでは開けないように言ったよ。」おにいちゃんが言った。
「中には何が?」
「煙と、心温まる手紙。」
「心温まる手紙?」

そこにはこう書かれていた。

ケイティーへ。
常々思ってることだけど、昔に起こったことを全部覚えているかしら?
記憶がなくなっちゃうことがあるでしょ?
このお薬を飲みなさい。そうすれば、気分が楽になるわよ。
この封筒に、ちょっと入れておきますからね。
ぐっすり眠れるでしょう。
でも気を付けて。これから経験するであろうことは、一瞬で消えてなくなりますからね。
この未来を前もってよく読んでおくのよ。

2015年:ジョーとあなたは結婚する。
2016年:あなたはちょっと病気にかかる。
2017年:あなたは妊娠する。
2018年:最初の男の子が生まれる。
2019年:二番目の男の子が生まれる。
2020年:世界がまるごと一瞬で、あなたの人生とともに崩壊するわ。

ジョーはめまいを覚えた。
ケイティーは微笑みながら、未来を夢みていた。

「ケイティー、その手紙は誰からもらったでござるか。」ウェルターが言った。
「あの魔女。」ケイティーが言った。
「どうして? あの女は僕らの幸福な人生を台無しにしようとしているんだぞ。」ジョーが言った。
「いやー!」ケイティーは叫んだ。

ジョーは、手紙を燃やさなくてはと思った。
でも、彼を押しとどめる何かがあった。

そうだ。彼は思った。

「何か書くものをくれ。」ジョーが言った。
「何するの?」ケイティーが言った。
「2020年以降の世界を書かなくちゃ。」
「すごいでござる。」ウェルターが言った。
「待って。」ケイティーが言った。
「もう書いてるわよ。手紙の裏見てみて!」ケイティーが言った。

2020年:新しい世界が世界の終わりにやってくる。そして、ジョーと私は死なずにもっかい生き返る。

2021年:この全世界が、光と調和に満たされる。

「そして、まだこのことは知らないと思うけど・・・。」ケイティーが言った。
「いや。もう未来はごめんだよ。」ジョーが言った。

未来のことについて読んだかって尋ねるでござるか? 否、否。
しかし、ケイティーはすでに自分で到達したいところまで到達しているようでござる。本人に自覚があるかどうかは存ぜぬが。
思うに、ケイティーの直感は、拙者共、男たちよりもすごいものであろう。
女子(おなご)というものは、未来を言い当てるものであるがゆえ。

おしまい。

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