蚊くん。II

第一章

これは、愛の物語である。
愛は、様々な形をとる。そして、愛は、光でできている。

蚊くんはどうなっただろう。
どこにいるのか。

さて。彼らの姿を探してみよう。

「むむ。別の旦那でござろうか?」ウェルターが言った。
「ちがうよ。僕だ。ジョーだよ。」
「どうなっているでござる? そなた、人間の姿になってるでござる。あの魔女でござるか。」
「ううん。ついにね、人間に転生したんだよ。ほらここに、ケイティーも。」
「誰とお話してるの? ジョー。」ケイティーが言った。
「ウェルターだよ。わからないの?」ジョーが言った。
「どこ? ゴーストとお話してるんじゃないよね。」ケイティーが言った。
「あれ? ケイティー、僕たちが蚊だった頃のことを思い出すんだ。」ジョーが言った。

奇妙な時空のせいで、ケイティーはほとんどすべてを忘れてしまったのだろうか。

「思い出せない。蚊だったの? 私。たしか、妖精だったはずよ。」
「あ、ごめん。」ジョーが言った。「ウェルターが来てるんだ。蚊だよ。」
「んーと。あ、私を助けてくれた!」
「そうそうそう。思い出してくれたでござるな。」ウェルターが言った。

しかし、彼女には彼の声が聞こえない。あまりにもちいさな声で、そして、高周波すぎるせいで。

「ジョーもケイティーも、どうしていたでござるか。」ウェルターが言った。
ジョーが答えた。
「海外に行ってきたよ。Atlantis Rebel作って、そして、熱帯雨林で毒性を高めてきたんだ。主人と、若い命を救うためにね。」
「海外に行ってたでござるな。それで寂しかったでござる。」ウェルターが言った。
「そう言ってくれてありがとう。」
「もしよろしければ、拙者、ちくと・・・。」ウェルターが言った。
「ダメだよ。主人じゃないんだから。」ジョーが笑った。
「どこにいるのやら。」ウェルターが言った。
「Atlantis宇宙の中心だよ。ほら、いつもと同じ場所。」
「しからば、一緒に?」

「全ふわっ。」
「ケイティー、聞こえるかい? 全ふわっ。」

ケイティーは、三週間ぶりにウェルターと対面した。長い間である。蚊にとっては。
おっと失礼。妖精って言わなくちゃいけなかったね。

彼らは、妖精の姿になった。ウェルターの羽根は、とても強くなった。

「ただいまー!」
「わぁ、久しぶりだね。どうしてたの?」

「ジョーは熱帯雨林にいたでござる。拙者は、ユニバースに。そして、ケイティーは?」ウェルターが言った。
「妖精学校を卒業したの。」ケイティーが言った。

「おめでとう。ケイティー。」主人が言った。「もう妖精だから、血はいいよね。」
「むむ。」ウェルターは、がっかりした。

「それじゃ、代わりに何か飲む?」
「かたじけない!」

彼は指をタップして、最高のトマトジュースを出した。

「ジョー、冒険の話を聞かせてくれないかな。」主人が言った。「トマトジュース飲みながら。」
「もちろんです。お話しますね。」ジョーが言った。

僕がセント・ジョンに出会ったのは、熱帯雨林でのことでした。
彼によれば、ベトナム戦争から帰還した後に熱帯雨林に行ったんだって。
1970年代に命を落として。帰国してから、肉体が再び持てなかったんだって。
彼の両親がまだ待ってたっていうのにね。

それから、僕は、どうやってユニバースに到達するのかを教えたんだ。あと、別の生命体に生まれ変わることも。

僕は、初心者だから、蚊になることを薦めたよ。
彼は兵士で、ものすごく正義感の強い人だった。
彼は、もっと強くなりたがってた。君みたいにね、ウェルター。

「うれしいでござる。」

彼は、マラリアから若い命を救ってくれたがっていてね。というのも、彼はマラリア熱で死んでたんだ。でも、蚊である以上、どうしたらいいのかわからずにいた。

だから、僕たちはマラリア蚊とコンタクトを取ることしたんだ。

「武装すべきかな?」セント・ジョンが言った。
「まず先に友情の証を見せないと。」ジョーが言った。
「でもどうやって?」
「血でもあげる?」
「誰の?」

ジョーの話は続く。でも、お別れの時間だ。

読んでくれてありがとう。

つづく。

第二章

僕たちは、マラリア蚊とコンタクトを取るために、森に入った。
嵐の夜で、稲光が夜の闇を切り裂いていた。

「どうして夜なんかに。」ジョーが言った。
「身の安全のために。」ジョンが言った。

彼は、闇のなか、森を抜けていくのに慣れているようだった。
ジョーは彼に続いた。空模様を眺めながら。
熱帯雨林の中央には、聖なる木があった。
彼らがその地点にさしかかるにつれて、キノコがたくさん生えているのが見えた。
キノコのそばには、川が流れていた。

「いたぞ!」ジョンが言った。
「マラリア蚊の赤ちゃんだ!」

彼らは、マラリア蚊の赤ん坊に、ためしに話しかけてみた。

「毒素は、どこから取り入れてるの?」ジョーが言った。
「知ってるんだけど、教えてあげるには、いくつか条件があるの。」彼らのうちのひとりが言った。
「条件?」
「うん。あのね、誰にもその毒素は使っちゃいけないの。とくに、子供たちには。」
「うん。肝に銘じとく。」
「それから、誰かを殺すためにも使っちゃいけない。」
「そして、いったんマラリア蚊になっちゃったら、もう後戻りはできないからね。わかった?」
「それだけ?」
「うん。それだけ。了解したら、連れてったげる。」ちいさな蚊が言った。
「了解したよ。」

彼らは聖なる木の近くのキノコの長屋に入っていった。
キノコのおうちは、赤かった。

「ありがとう、キノコさん。」マラリア蚊のひとりが言った。
「どういたしまして。」
「お客さんだよー。」
「こんな嵐の夜に?」
「うん。外国人みたい。」
「どうして外国人だってわかったの?」
「だって、アメリカ英語話してるでしょ? そして、アメリカ英語とイギリス英語の混ざったやつ。ひとりは、日本から来てるんだと思う。」
「賢いねー。」
「ねぇ、コケとキノコさんの間の川が見える?」
「小川だね。」
「当ったりー。よーく見てみて。液体がね、毒素なの。」
「どうして毒素が?」
「だって、キノコさんも持ってるんだもん。」
「あぁわかった。彼は毒キノコなんだ。」

彼らは、液体に注意深く針を刺すと、新鮮な毒素を体内に取り入れた。

「わ。苺みたいな味がするとは思わなかった!」ジョーが言った。
「変な味?」ちいさな蚊が言った。
「ううん。思ってたよりもおいしいよ。試してみて、ジョン。」ジョーが言った。
「いいねーーー!」

彼らはキノコとマラリア蚊の赤ちゃんに礼を言った。

「条件のこと忘れちゃダメだからね!」
「大丈夫!」

その晩、彼らは奇妙な夢を見た。毒素のせいで、時空の歪みを感じていた。
ジョンは、まるで赤ん坊のような微笑みを浮かべて眠っていた。

「ジョン、大丈夫かい?」
「すごくいい気分。楽しい。故郷のママに会ってるところなんだ。」
「それはよかった。僕は寂しいよ。」ジョーが言った。

ジョーは、異国の森のなかで、ホームシックを感じていた。ケイティーに会いたかった。
よく眠れなかった。

「ジョン、戻ってくるからね。そこにいて。」ジョーが言った。

彼は、「全ふわっ。」をかけた。
森の中でタイムシフトが起こり、時は過去へ、奇妙な時空へと入っていった。
ケイティーが森の中をさまよっていた。ジョーよりも寂しさを感じていた。

そう。魔女に出会ったときのことだよ。覚えているかな?
彼らはまもなく結婚することになっていたんだけど、ジョーは、ケイティーに何をしてあげればよいかわからなかったんだ。
彼が現れるべきタイミングじゃなかったからね。

もう一度、彼は「全ふわっ。」をかけた。
別の時空、ユニバースの中で、太陽は輝き、月の王女が何かを準備していた。

王冠だった。

つづく。

第三章

それは、ひとすじの虹のように輝いていた。
金ではなく、銀でできていた。

「どうぞ、ジョー。」月の王女が言った。
「待って! まだだよ!」ジョーは声高に言った。
「えっと、すぐに戻るから!」ジョーは言った。
彼は、矢のように飛んでいった。
「全ふわっ!」もう一度、彼は、「全ふわっ。」をかけた。

彼の全身がふたたび復活した。
ケイティーがいた。

「ケイティー、きみは・・・。」ジョーの心臓が高鳴った。
「んーと。ジョー、あなた、過去から来たでしょ?」ケイティーが言った。
「どうやら、その通りみたいだ。」ジョーが言った。

彼女は、白い衣服ではなく、メタリックシルバーに包まれていた。
彼女は、武装していた。

「もう、これはできるようになった?」ケイティーが言った。

彼女は、額から、緑色のレーザー光線を発射した。
ジョーが固まった。
何も言えなかった。

「何も言えないや。んーと。ごめんね。」ジョーが言った。
「謝らなくていいの。ダーリン。」ケイティーが言った。
「星と、お月様と、惑星を、敵から守ってるところなの。別宇宙からやって来てるの。」
「エイリアンのことかい。」ジョーが言った。

ジョーは、主人が言ったことを思い出していた。「毒素は使えるかな? 敵に。」

「そうだ!」ジョーは言った。「君も仲間に入るんだ!」
「ダメなの。」ケイティーは言った。
「どうして?」ジョーが言った。
「過去には戻れないの。今の幸せを駄目にしたくないから。」
「じゃあ、手を貸してあげてもいいかな。」ジョーが言った。

何も言わずに、彼女は、彼の唇にキスをした。

「わかった。」ケイティーが言った。「熱帯雨林にいるんでしょ?」
「うん。」ジョーが言った。「力になれないかな。」
「子供たちを救って。」
「子供たち!? 子供たちがいるんだ。」ジョーは、それを聞いて、とともうれしくなった。
「何人・・・?」ジョーは言った。
「ダメ。未来の情報をたずねちゃいけないの。」ケイティーが言った。
「病気になっちゃってるの。」
「家には誰も?」ジョーが言った。
「お医者様はいるんだけど、子供たちに効く薬がないの。」ケイティーは涙を流した。
「じゃあ、一緒に未来へ行こう!」ジョーは言った。
「どうやって。現在に戻ってこれるの?」ケイティーが言った。
「そうか。そのことは考えてなかった。」ジョーが言った。
「息子たちに、ワクチンを注射しておくべきだったわ。」ケイティーは言った。泣いていた。
「何のワクチンだい?」
「マラリア。」

第四章

「マラリア・・・。」ジョーが言った。
「高熱で、すごい汗なの。」ケイティーが言った。

「僕が・・・、僕がふたりの命を救うよ。友達の、セント・ジョンを連れてくる。」ジョーが言った。
「君はここに残るの?」ジョーが言った。

「待って。ふたりには、ママにそばにいてもらう。ついていくね。」ケイティーが言った。

彼女は、左手の親指と人差し指で耳を作った。

「ママ、聞こえる?」

ジョーは、ケイティーの母親の波動をどこかに感じた。
会話を終えると、ケイティーは準備を整えた。

「全ふわっ! 熱帯雨林にいるセント・ジョンのそばに!」

彼らは、過去へ向けて時間旅行をした。
セント・ジョンはまだ蚊の姿で眠っていた。

「おはよう、ジョン。今帰ったよ。」
「んー? どこ。ジョー?」

「おっと。この姿のことを忘れてた。ケイティー、妖精になろう。」
「うん。妖精になぁれ!」
彼女はタップした。

まだ、彼女はメタリック・シルバーに包まれていた。
ジョーは再び強い羽根を持ち、チャクラが輝きはじめた。

「セント・ジョン、妖精になぁれ。」

彼らのオーラはますます輝きを増しているようだった。

それは、愛のオーラで、真っ白な色をしていた。
α波を感じることができた。

「うわっ。この綺麗な女性は?」セント・ジョンが言った。
「ケイティー。僕のお嫁さん。」ジョーが言った。
「はじめまして。えっと、ミスター・・・?」ケイティーが言った。
「ジョン。ジョンか、ジョニーって呼んで。はじめまして。」彼はお辞儀をした。

「さぁ、子供たちを救わなくちゃ。マラリア熱からふたりを救う方法を考えるのを手伝ってくれ。」
「マラリア? あれ、僕の姿は・・・?」
「妖精になってるよ。羽根は、以前よりも強くなってるからね。」ジョーが言った。
「マスターみたい。」
ケイティーはにっこりした。息子たちが病気になってからはじめて見せる微笑みだった。

「ということは・・・君たちの子供が、マラリア熱に罹ってるってことだよね。」
「そうなの。もう、二、三日にもなるわ。」
「いくつ?」
ケイティーは躊躇した。未来からの情報だったからである。しかし、彼女は言った。「二歳と三歳。」
「ツラいよ。まだ小さいだけに。僕はマラリアで死んだんだ。どんなだかよくわかる。」
「マラリア蚊に尋ねてみるのはどうだろう?」ジョーが言った。
「いいねぇ。あの液体を、ワクチンとして!」彼らはうなずいた。

三人は、キノコのところへ向かった。

「まだそこにいるかな、ボクたち-?」
「おや。同じ顔だね。」キノコが言った。
「質問があるんです。幼い子供に、ワクチンとしてあの液体を使うのは問題ないですか?」
「大丈夫。でも、量のことは考慮しておかないと。」
「どのくらいなら大丈夫ですか?」
「ごめんね。わからないや。」キノコが言った。

「いずれにしても、持って帰らなくちゃ。よろしいですか?」ジョーが言った。
「もう持ってるじゃないか。」
「はい、毒素としては。」ジョーが言った。

「オーラと混ぜればいいのに。」ケイティーが言った。
「どうやって?」ジョーが言った。
「妖精学校で習ったわ。」


第五章

「オーラと混ぜればいいのに。」ケイティーが言った。
「妖精学校で習ったわ。」
三人は、子供たちのところへ向かった。そして、子供たちのそばには、ケイティーのママと医者がいた。

「危険な状態です。発汗量が異常です。」医者が言った。
「いけない。いそがなくちゃ!」
「ここで待っててくれ。ケイティーとジョン。」彼は、「全ふわっ。」をかけた。
「全ふわっ。まだふたりが健康だったポイントへGo!」ジョーが言った。

ジョーは、その七日前に戻った。そのとき、彼の子供たちは、一緒に昼食をとっていた。

「大丈夫。動くなよ、お前たち。—それから、叩かないでおくれ。」

ジョーは、マラリア毒を持っている、小さな蚊に姿を変えた。
彼は主人がやるように、自身の白色のオーラをupした。「外部のオーラ、そして、内部のオーラ、ON。」
毒素は弱くなり、そして、θのオーラである、慈愛の光が強くなった。

「毒素が悪いものを排除しますように。そして、子供たちに害がありませんように。」

彼はためらった。
しかし、タイムリミットが迫っていた。
彼は、注意深く、少量の毒素を子供たちに注入した。
針を抜くとすぐに、彼は、元いたところに飛んで帰った。

「ケイティー、ふたりは・・・?」
「ダーリン! いつ戻ってくるのか心配だった。」ケイティーは言った。

彼は、また、妖精の姿に戻った。

「未来が変わったの。今ね、ふたりとも、森で遊んでるわ。」

彼は、胸騒ぎを覚えた。森・・・幼い子供たちには危険ではないだろうか?

「森・・・って、木の橋があるところかい?」ジョーが言った。
「うん。妖精学校のあるところ。」ケイティーが言った。
「でもそこで君は迷子になっちゃったじゃないか!」ジョーが言った。
「心配ご無用。蚊でも妖精でもないもの。それに、あの時空は、もうよく知られてるのよ。」
「あの魔女は・・・。」ジョーが言った。

彼らの心臓が早鐘を打った。

「まずい。急がなくちゃ! そこで感染したのかもしれない!」

もしかしたら、それは、タイミングか順序の問題にすぎないのかもしれないと彼は考えていた。

「ジョンは?」ジョーが言った。
「武装してくれ! 別の森に入るぞ。」ジョーが言った。

三人は、家をあとにした。
空には三日月が雲の間から見え隠れしていた。
そして、ふたりの子供たちは、まだ戻ってきていなかった。

つづく。

第六章

「おいしい。ママに持って帰ろっか?」
「いいかも。そうだね!」

ふたりの子供は、野いちごを味わっていた。
野いちごは、キノコのまさにすぐそばにあった。
そう。森の中心の近く、聖なる樹のすぐそばにあった。

「キノコさーん。」ふたりのうちのひとりが言った。
「ん?」キノコが答えた。
「この森から、これ、持って帰ってもいい?」
「野いちごにきいてごらん。」
「え。」
「どうかしたのかい、ふたりとも。」
「もう食べちゃったよ。」
「待ちなさい。」キノコが言った。
「もう食べちゃったって、そう言った?」
「うん。ごめんなさい。」
「いや、あやまる必要はないよ。気をつけるんだよ。時空の乱れを感じないかね。」
「野いちご食べちゃったら、どうなるの?」ふたりのうちのひとりが言った。
「最悪、高熱にうなされて、マラリア熱で死んじゃうことだってあるんだ。」
「死んじゃったら、どうなっちゃうんだろう。」もうひとりが言った。
「死ぬってことがわかんないんだね。神よ、彼らを救いたまえ。」
「そこにいたのね!」ケイティーが叫んだ。
「ママー!」

彼女は、ふたりを両腕でぎゅっと抱きしめた。
ジョーは、彼女の背中に隠れていた。
彼が現れるべきタイミングではなかったのだ。

「ジョー、あのふたり、君の子供?」ジョンが、小さな声で言った。
「うん。ふたりの瞳をみてごらん。」

彼らの瞳は、強くて純粋な光をたたえてた。ちょうどジョーとケイティーのように。
ふたりの魂は、ジョーの魂グループと同じ魂だった。

「もう。ふたりとも。何やってたのー。すごく心配したんだから。」

彼女は、ふたりのおでこにキスをした。

「ママに、このいちごさん取ってたんだよ。」ひとりが言った。
「わぁ、ありがとう。」ケイティーが言った。
「待った。あのいちごには・・・。」ジョンが言った。
「マラリア毒が!」

彼らの主人は、そのとき、気分のすぐれない居心地なさを感じていた。

「風邪引いちゃったみたいだ。」

彼は、ウィスキーを飲む前に、タップをした。

「ウィスキーさんが、いい薬になりますように。」

彼は、眠りについた。

ユニバースでは、ウェルターは、もう一度カブトムシに戻るべきか考えていた。

「うーん。その時期ではないでござる。むしろ過去に戻りたいでござる。」

彼は、父親に会うことを考えていた。

「過去に戻る術を心得ている者はおらぬでござるか。」ウェルターが言った。
「ジョーに訊ねてみるといい。」誰かが言った。
「おらぬでござる。どこにいるやら、さっぱり。」ウェルターが言った。
「残念。それなら、月の王女に訊くといい。」
「ご助言、かたじけない。」ウェルターが言った。「全ふわっ。」

ウェルターは、月へ向けて飛んでいた。

「お月様に到達できるのやら。遠すぎるでござる。何日かかるというのか。」

太陽が笑った。

「遅すぎるぞー。どうしてコマンドを使わないの。」
「コマンドとな?」
「『全ふわっ。』かけたんだろう?」
「たしかに。」
「指でタップして、お月様へGoするだけでいいんだよ。」
「かたじけない。太陽さん。」

ウェルターは、言われたままにタップすると、気がつけば月の上を飛んでいた。

つづく。

第七章

「誰?」だれかが尋ねた。
「ウェルターでござる。蚊でござる。」
「蚊であろうとなかろうと、男の人ならね、お月様に来ちゃいけないのよ。」

月の王女だった。

「だって、お月様は女の子のものですもの。」
「失礼つかまつった。戻るでござる。」ウェルターが言った。
「待って。どうしてここに来たの?」月の王女が言った。「それから、ここに来る方法を知ってるのね?」
「『全ふわっ。』をかけたでござる。」ウェルターが言った。「そして、はじめの質問でござるが・・・。拙者、ジョーか父上に会いたかったでござる。過去にどうやったら戻るかご存じでござるか?」
「ごめんね。知ってるんだけど、トップシークレットなの。」月の王女が言った。
「危険性があるの。」
「危険性?」
「そう。未来が変わってしまうことがあるの。」
「うまくいけば、未来はよくなるかもしれないけど、いろんなケースがあるから。」
「むむ。」
「それに、Atlantis 宇宙には、過去時空は存在しないのよ。わかるかしら。」月の王女が言った。
「よくわからぬでござる。」ウェルターが言った。
「わかったわ。すぐに、お父様のところに送ってあげますからね。」王女が言った。
「どこにいるかもわからぬのにでござるか?」ウェルターが言った。
「うん。」彼女は微笑んだ。

王女がコマンドを打つと、ウェルターは、赤絨毯の上を飛んでいるのに気づいた。

「むむ? 何をしていたのやら。」ウェルターは、ひとりごとを言った。

「はい、どうぞ。」着物を着た、美しい女性が言った。
「すまぬ。かたじけない。」大小を差した侍が言った。

「一寸、待ったでござる。」ウェルターが言った。「拙者と同じ目の輝きでござる!」

ウェルターは、首のすぐ近くまで飛んでいった。

「なにゆえ父上が人間でござろうか? むむ。」

彼は混乱していた。

「拙者に話しかける者がいる。誰だ? おまえか、蚊くん。」

ウェルターは、とても驚いた。

「拙者の声が聞こえるでござるか?」
「小さな声ではあるがな。」
「おかしいですわ。お侍様。蚊などとお話をなさるなんて。」着物の女性が言った。
「そうかな。」侍が言った。
「いい風だ。空も青い。ついては来ぬか? 病の友人のお見舞いでござる。」侍が言った。
「どなたとお話を?」着物の女性と、ウェルターが言った。
「ふたりともに。」

ウェルターは、彼の後ろをついて行った。
道端の、彼らがいたところには、茶屋があった。
侍は、通りの茶屋でお茶を飲んでいたのだ。
そして、道の向こう側には、川が流れていた。
その川は、隅田川と呼ばれていた。

「ごめんよ。ふたりだ。」侍は、舟人に言った。

彼らは、船に乗って、友人がいるところにいちばん近い船岸まで旅をした。

「こんなお天気のいい日に、お侍様と一緒にいられるなんて!」着物の女性が言った。
「見えるかい? 土手に桜がある。あそこまで行こう。」侍が言った。

ウェルターは、自分たちがどこにいるのか尋ねようとしたが、二人はとてもいい雰囲気だった。ためらわざるをえなかった。

「ここにいるでござるよ。ちょいと、行ってくる。」侍が言った。
「どうして? ついて行きます。」女性が言った。
「駄目でござる。胸の病でござるからな。」
「それって・・・?」
「労咳でござるよ。」侍が言った。

つづく。

第八章

療養所では、ひとりの若者が窓辺に座っていた。
見舞い客がやってくるのに気づくと、彼は、とても嬉しくなった。

「ああ、またあなたに会えますね。生きてる。」患者は言った。
「調子やいかに? 以前よりも良いでござるか?」侍が言った。
「はい。身体が軽くなりました。」患者が言った。
「ここを離れてからの考えを聞かせておくれ。」侍が言った。
「ごめんなさい。何も思いつかないや。」患者が言った。

「お茶は飲みたくないでござるか? 薬湯ではなく。」侍が言った。
「いいですね。」侍が言った。
「拙者、これを持ってきたでござる。」侍が言った。

桜の花の小枝だった。

「いけませんよ。」患者が言った。
「だれか? お茶を用意してはくださらぬか。薬抜きで。」侍が言った。
「お待ちを。」誰かが言った。

緑茶を交えて、ふたりは小さなお花見をした。

「来年の春、私は生きているんだろうか。」患者が言った。
「そなたが何を言おうとも、これだけは伝えておかねば。死せずして生きることなどできぬでござる。」
「ここの畳の上では死にたくないなぁ。」患者が言った。
「その台詞を待ってたでござる。」侍が言った。
「えっ。」

「外へ出よう。人生は短いでござる。歩けるかな?」侍が言った。
「なんとか。」患者が言った。
「次に会うときには、きっとはるかに良くなっているでござるよ。」侍が言った。

ウェルターがα線錠剤をお茶に忍ばせていたのに気づく者はいまい。
彼らは、療養所を後にした。

「覚えているかな。あの川辺の茶屋を?」侍が言った。
「遠すぎます。」患者が言った。
「それならば、川の土手はいかがでござろう。」侍が言った。
「桜の花が満開でしょうね。」患者が言った。
「じきにわかるでござる。」侍が言った。

「長いこと待たせてしまってすまぬでござる。」侍は、茶屋の娘に言った。
「お侍様。」娘が言った。

彼は、草の上に身を横たえた。
患者も身を横たえた。

「雲はいったいどこから来るんだろう。」侍が言った。
「どうしてまたそんなことを?」娘が言った。
「いや。どうしてかな、と思って。」彼はちいさな声で言った。
「ここで昼寝でもどうかな。」侍が言った。
「いいでござる。」ウェルターが言った。
「ジョーがここにいたらよいのに。」ウェルターが言った。
「誰だ。ちいさな声で話しているのは。」患者が言った。
「あなたもなの。」娘が言った。
「ウェルター。蚊でござる。」

ユニバースでは、太陽が地表を眺めていた。
しかし、おわかりの通り、蚊はあまりにも小さい。
彼は、そこに蚊の姿を見つけることはできなかった。

「そうかそうか。仕方ない。風に頼んでみるか。」


川の土手、満開の桜が咲き誇るなか、四人(?)は昼寝をしていた。
優しい風が、両の頬をすり抜けていった。

「まったく。風の日は嫌いでござる!」ウェルターが言った。

彼は、桜の樹の枝まで吹き飛ばされてしまった。
そこから、眠っている姿が見えた。

「やあ。覚えてるかな、私のことを。」風が言った。
「風さんでござるな。どうしてまたここに。」ウェルターが言った。
「目を覚まさなくちゃいけないよ。エイリアンが向かってきた。」


つづく。

第九章

ウェルターは、風の背に乗った。

「旦那、拙者、現在時空に戻りたいでござる。」
「わかった。じゃ、『全ふわっ。』かけて。」
「それだけでござるか?」
「ううん。場所と、時空をコールしなくちゃね。」
「ふむ。わかったでござる。」
「でもちょっと待って。どうして現在時空なの? エイリアンが向かってきてるんだよ!」
「あとでわかるでござる。」
「全ふわっ。主人の元へ。現在時空へ!」

ウェルターは、気がつくと、天井の下を飛んでいた。
彼の主人は、目を閉じたまま、横になっていた。
彼の顔は青ざめて見えた。

「ウィスキー、ウィスキーさん! 主人はどうなってるでござるか?」

「α線錠剤を飲んだんだよ。」ウィスキーが言った。「いつもじゃない雰囲気だね。」
「いかぬ。・・・しからば、いずれにしても感謝でござる。」ウェルターが言った。
「お体に気をつけるでござる。拙者、のちほど。」

ウェルターは、もう一度、「全ふわっ。」をかけた。

残念なことに、主人は、「全ふわっ。」をかけることができない。
もしかけてしまうと、地球が誰かに乗っ取られてしまう危険性があるのだ。
別のマスターが彼のレベルに到達するその日までは、彼は死ぬ運命にはない。

森で、ジョーに、話しかけてくる者がいた。

「野いちごは心配いらないわ。」
「誰?」ジョーが言った。
「野いちごさんに訊いてみて。」女性の声だとわかった。
「ありがとう。」ジョーが言った。

彼は注意深く自分の姿をオーラの姿に変えると、野いちごに訊ねてみた。

「内緒にしてもらいたいんだ。聞かれないように。」
「わかった。なーに?」野いちごたちは、とてもちいさな声で言った。
「マラリア毒は入ってる?」
「うん。ちびっとね。」
「ちっこいふたりが食べても大丈夫かな。」
「大丈夫だと思うよ。」野いちごのひとりが言った。
「ああよかった。ありがとう。」

彼はセント・ジョンのところに飛んで戻った。

「ジョン、ありがとう。野いちごがね、大丈夫だって。」

彼らはほっとした。

ほっとしすぎて、茂みの後ろで光っている眼のことには、ほとんど気がつかないくらいだった。

「パパ?」ふたりのうちのひとりが言った。
「パパ、どこ? ここにいるのはわかってるんだぞ。」

ふたりは、父親の持つ能力と同じものを持っているようだった。
そう、もちろん、ジョーのね。

突然、ふたつの目玉がふたりの小さな子供たちの近くに飛んできた。

「いい目だ!」
「きゃっ。な、何?」ケイティーが叫んだ。

セント・ジョンは、武装してきたことを喜んでいた。

「お前、エイリアンだな?」
「関係ない! 子供はいただいていく。いいだろう?」
「だめー!」

ジョーは、ふたたび、人間の姿に戻った。武装していた。
セント・ジョンは、毒を注入する準備ができていた。蚊の姿だった。

すると突然。

ジョーの子供の眉間のチャクラが開いた。
ものすごい真っ白なレーザービームが、エイリアンの両目を焼いた。

「ぎゃぁぁぁぁぁあ。」

彼らは、固まった。

「すげぇぇぇ・・・。」セント・ジョンが言った。

それは、まるでお星様からの閃光のようだった。
熱すら感じられた。

「ママ?」子供が言った。
「もうこれは覚えた?」

森では、奇跡が起こることがあるんだ。
すべての生き物が集まるからね。森の力って本当に存在するんだよ。

この宇宙みたいに。

それじゃ、次回の章では、秘密についておはなしすることにしよう。


つづく。

第十章

お部屋で、彼らの主人は、深刻な状況下にあった。
青ざめていたのは、何か邪悪なものに心臓を攻撃されていたからであった。
心臓への攻撃のたびごとに、彼の身体はねじ曲がった。
ウィスキーは、何かいけないことが起こっているのに気づいて、ジョーをコールした。
「ジョー、ジョー、聞こえるかい? 君の主人の命が危ないよ。」

そのとき、ジョーは、手に手をとって、子供たちと歩いていた。

「そのビームはどこで覚えたんだ?」ジョーが言った。
「ママから教わったの。」子供がにっこりした。とても嬉しそうだった。

ジョーが子供の頭をなでているときに、話しかけてくる者がいた。

「ジョー、ジョー、聞こえるかい? 君の主人の命が危ないよ。」
「何だって!」

彼は、敵といかにして戦ったのかを思い出した。
彼はすこし緊張した。

「聞こえる。誰だい?」
「ウィスキーだよ!主人の。」声の主が言った。

彼は、ケイティーにどこに行くのかも言わずに「全ふわっ。」をかけた。

「ジョン? エイリアンが、主人のところに来てしまった。このことは、ケイティーと子供たちには秘密にしておいてくれ。」
「もちろん!」セント・ジョンが言った。

彼には、主人を救うことができるのかどうかわからなかったが、彼の魂はすでに、ジョンとともにそこにいた。

「大丈夫ですか?」ジョーが言った。

「大丈夫って言うのが精一杯かな。」主人が言った。「あいたた。」
「こちら、友達のセント・ジョン。彼も武装してます。敵はどこですか?」ジョーが言った。
「見えないんだ。でも、胸になんか変な感じがする。」主人が言った。
「胸に?」

彼らは、蚊モードで、胸をのぞきこんでみた。
何かが、彼の心臓を破壊していた。

「なんてことだ。何なんだ、あれ。」セント・ジョンが言った。

それは、あたかもパイナップルのように見えた。

「どうして武器が心臓なんかに?」

またしても爆発が起こった。
彼らは振り返った。
彼らの背中では、奇妙な影が、主人の心臓を破壊しようとしていた。

魔女だった。

「おい!」ジョーが言った。

「どうして主人の心臓を狙うんだ。万が一死んだりしたら、この世界がまるごと、一瞬のうちに消滅してしまうかもしれないんだぞ。」

彼には、自分でも知りもしないことをどうして口走ったりしたのかわからなかった。
おそらく、それは、魂の共時性なのかもしれない。

「大丈夫。ジョー、敵はどこだい。」主人が言った。
「天井の隅です!あそこ。」ジョーが言った。

主人は、何かをしようとしたのだが、そのまさに次の瞬間、彼の身体はまたしてもひねり上がった。

「くそっ!」二人は言った。

ジョーは改めて武装した。とても怒った顔だった。

「メタリックシルバーで!」ジョーは言った。
「全チャクラ、オープン!」

セント・ジョンは、注意深く火薬を抜くと、手榴弾から、小さなプラスチック爆弾を作った。

「ジョー、準備ができたら言ってくれ。」セント・ジョンが言った。

返事はなかった。
彼は、魔女に対して怒り心頭だったため、誰に話しかけることもできない状態だった。
魔女には、左目しかなかった。右目は、ウェルターからの攻撃でつぶされていた。

「毒素は使えるかな。連中に。」彼は主人の言葉をもういちど思い出していた。
「チャクラよ開け! 地獄がどんなものか教えてやる!」ジョーは、魔女に向かって叫んだ。

彼は魔女の心臓めがけて指さすと、光と感情を集中させた。

怒りだった。

「爆発しろ。一瞬で、死ね。」

ジョーは、セント・ジョンからどうやったら火薬を取り込んだらよいかがわかっており、すでに、その準備はできていた。
主人は、ジョーの台詞が終わった瞬間にタップをした。
魔女が爆発した。
ものすごく深い闇が魔女の身体を包み、その身体は粉々に爆発した。
再び身体を持つといけなかったので、ジョーは、自分の光の中に、火薬のほかにマラリア毒をも取り込んでいた。

「終わったな。魔女。」ジョーが言った。
「戦い方がわかってるね。よくやったよ。」主人が言った。
「あー痛かった。」そう言うと、主人は起き上がった。
「大丈夫・・・ですか? セント・ジョンが、目を見開いて言った。
「敵からの、この手の攻撃には慣れてるからね。そう言ってくれてありがとう。」

つづく。


written by Masato Iwakiri
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