天麩羅。(前編)

勝吉は天ぷらが好きだった。

「いやね、いろいろ食べてきたけど。」
「はい?」
「あそこのは格別だよ。」
「そんなあなた。うちも天ぷら屋さんじゃない。」
「だから美味いんだってば。」
「行こうよ。」

そんなこと言ってるのよ。おじいちゃん。
お店もあるっていうのにね。
でね。
これから行ってくるから。
あと、店番よろしく。

学校から帰って鍵を開けると、こんなメモがあった。

「えーっ。」

てか。

開店まであと5分。
嘘だよー!
ちょっと待ってったら。

「ねーおじさーん?」隣の店のおじさんに訊いてみる。
「いる?」亜沙子。
「いないよ。さっき出てった。ほら、あれ。」おじさん。

人差し指の先におじいちゃんとおばあちゃんがいた。

「てことは。」
「かあさーん?」
「いるでしょ?」

無言。

「どうしよー。」

困ったの巻。

「バイトの人が来てくれるまでは。」
「なんとかしなくちゃだ。」

あいにくひとり。

がらがらがらっ。

「よぉ亜沙子ちゃん。」
「はい。」
「いまお母さんは?」
「いないんです。」
「そっかー。集金なんだけどね。」
「え。」
「おいくらですか?」
「2万4千円。」
「とってくるー!」
「ちょっと待って。」
「はい?」
「お店のね、レジを放り出してっちゃいけないんだよ。」
「なんで?」
「だっておじさんが悪人だったら持ってっちゃうだろうが。」
「あ。そーね。」
「そーねじゃないってば。」
「だっておじさんだよ?」
「ダメだよ!」
「だからなんで。」
「キレちゃダメだろうが。」
「キレてないもん。」
「いまなくなったら。」
「俺が疑われちゃうだろ?」
「あ。そうねぇ。」
「いないなら、またくるから。」
「じゃ、金額伝えときますね。」
「あいよ。」
「失礼します。」

亜沙子はバイトではないのだ。
過保護すぎるくらいにしつけられた箱入り娘。

それがいきなりのデビューで戸惑っている。
てか。
なんにも考えてない様子。

「まぁあれだよ。亜沙子なら。」
「はい。」
「うまく切り盛りしてくれるだろうな。ははは。」
「そうかしらねぇ。少し心配ですわ。」
「だって亜沙子だから。」
「そうよね。亜沙子ですもの。」

たらーん。^^;

中学一年生になったばかりの亜沙子。

え。

お父さん?
お父さんはね、警察の偉い人。
なんとか長とかって言ってた。
よくわかんないんだけど。

剣道が五段で。
柔道が四段で。
K-1でいうとね。
クラウベ・フェイト―ザに似てるとかって言われてた。

写真でいうとこれ。

そこには、道着を着た髭交じりのお父さんの写真があった。
亜沙子は、この辺では、おまわりさんの娘で通っていた。

しーん。

じりりりりりりん。

「わっ。電話だ。」ビビる亜沙子。
「いまね、お店からなんだけど。」おばあちゃん。
「大丈夫?」おばあちゃん。
「てか。えっと。」亜沙子。
「何時に戻るの?」亜沙子。
「ゆっくり晩御飯食べて帰っちゃダメかしら。」おばあちゃん。
「ひええええ。」亜沙子。
「もしなんだったら。」おばあちゃん。
「店閉めて来いって言え。」おじいちゃん。
「お店はいいから、一緒に食べない?」おばあちゃん。
「えー!行く!」亜沙子。
「何だったかしら。いてもらわなくちゃいけない理由があったんだけど。」おばあちゃん。
「ねぇ?」おばあちゃん。
「あーあれだあれ、集金。」おじいちゃん。
「集金に来るから、2万4千円渡しといてくれ。」おじいちゃん。
「どこにあるのー?」亜沙子。
「ないのか?」おじいちゃん。
「いやだからどこなのー?」亜沙子。
「ほらいつものあれの下!」おじいちゃん。
「あ。あれの下ね。わかった。」亜沙子。

どうしようかな。

A: あれの下のお金を置いてカギ閉めてのれん戻してすぐに出る。
B: 持ってく。
C: いちおう、AかBで、おかあさんに伝言を残しておく。

瞬時に考える亜沙子。
いずれにしても。
伝言は残さなくては。

がらがらがらがら。

「おー亜沙子ちゃん。」
「わ。」
「ごめんなさい、本日臨時休業です。」
「大将は?」
「えっと。」

A: 正直にすべて打ち明ける。
B: わざわざ来てくれたお客さんだからうまいこと言って店を出る。
C: ちょっと嘘ついちゃう。

「えっとね。企業秘密の行動に出るとか言って。」亜沙子。
「さっきお店出たばかり。今日は休みだからって。」亜沙子。
「なんでここにいるわけ?」おじさん。
「私はちょっと用事があって。」亜沙子。
「大変申し訳ありませんが。」亜沙子。
「わかったよ。また来るね。」おじさん。

ふぅ。

〇〇〇の下にあった封筒を持って、どうしようか悩む亜沙子。

「なくしちゃやだから。」亜沙子。
「持っていこう。」亜沙子。

かきかき。

「おじいちゃんにお呼ばれしてきます。」
「すぐに戻ると思います。」亜沙子。

がらがらがら。
がらがらがら。
かしゃっ。

ん?

今のおじさんだったりして。^^;

留守で、えっと店休みって伝えようと思ってたら。
もしかしたら。
今のおじさんに渡すんだったのかもしれない。

汗。

てか。

集金って、どこの誰のやつなのか。

うーん。

そこにおじいちゃんの携帯発見。
おじいちゃんは携帯なんて持たない人だから。

知ってるとしたら、おじいちゃんかおかあさんで。
おかあさんいなくて。
おじいちゃんはどっかのお店にいて。
おとうさんは知るよしもなくて。

うーん。

ちくたくちくたく。

そうだのれんしまわなくちゃ。

かちゃっ。
がらがらがらがら。

もっかい開けて、しまって。
がらがらがらがら。
かしゃん。

ふと考える。

もう見えなくなってるみんな。
隣のおじさんは、お仕事の真っ最中。

ん?

どこのお店だっけ?

お財布持ってる。
携帯持ってる。
集金のお金持ってる。

で。

「まだかな。亜沙子は。」おじいちゃん。
「もう来るー?」閉ざした携帯に向かってたずねるおばあちゃん。

何屋でしょう?

「ねね、君知ってるでしょ?」
「どっちかなんだよね。」

A: 天ぷら屋。
B: 寿司屋。
C: 鰻屋。

「寿司か鰻。たぶんそう。」
「で。同じ方向。」
「あっち方面に歩いてったってことは。」
「あれ? どっちも逆だぞ。」
「一緒に食べるとかなんとかだから。」
「きっと新しいもの好きのおじいちゃんのことだし。」

うーん。

「ま。行ってみればわかるか。」

てくてくてくてく。

「よぉ亜沙子。」クラスの男の子。
「わーなんでこんなとこで。」亜沙子。
「どこ行くわけ?」クラスの男の子。
「えっとね。おじいちゃんの追っかけ。」亜沙子。
「見なかった?」亜沙子。
「いやオレ、亜沙子のじーちゃんなんて見たことないから。」クラスの男の子。

マイナス1ポイント。

「うちは有名な天ぷら屋なんだぞ。」亜沙子。
「むむっ。なんだその目。キレるなって。」クラスの男の子。
「えー。」クラスの男の子。
「あー〇〇屋の!? もしかしてこの前新装しなかった?」クラスの男の子。
「うちは老舗です。」亜沙子。
「てかさぁ、いつか行こうよあそこ。」クラスの男の子。
「どこ!?」亜沙子。
「だから、新装した天ぷら屋。」クラスの男の子。

マイナス1ポイント。

どうしてこんなに男は無神経なんだろう。

ぷんぷん。

だからうちが老舗の天ぷら屋だっつーの。
わかってないよね。
女の子の誇りを傷つけちゃいけないんだぞ。

じーちゃんの天ぷらに勝てるもんか。

「いやうまいねぇ。亜沙子、すまんが先にいただいてるよ。」おじいちゃん。
「あらホントおいしいわね。」おばあちゃん。
「なんか新鮮さを感じる。」おじいちゃん。
「さくさくね。」おばあちゃん。

「いや緊張してるんですがっ。」若旦那。

「うちのより美味いよ。ビールひとつもらえるかな?」おじいちゃん。
「あとは価格かぁ。」おじいちゃん。
「時代も変わってきたね。でも。」おじいちゃん。
「昔ながらの何かがある。」おじいちゃん。
「ねぇこれどこの塩使ってるの?」おじいちゃん。
「美味しいねぇ。」おじいちゃん。

がらがらがらがら。

「あーいた!」亜沙子。
「おお来たね。どうした。」おじいちゃん。
「なんでそんな怖い目してるの?」おばあちゃん。
「だって。」亜沙子。
「座りなさい。」おじいちゃん。
「えー。帰る。」亜沙子。
「なんでだよ。」おじいちゃん。
「なんか悪いもん。」亜沙子。
「どのみち。どっちにしたって。」亜沙子。
「やなんだもん。」亜沙子。
「泣くなよー。」おじいちゃん。
「じーちゃんに美味しいビールを注いでおくれ。」おじいちゃん。
「あとで。」亜沙子。
「あ。これ。」亜沙子。
「集金。」亜沙子。

さてここで問題です。

亜沙子ちゃんは、どうして泣いたんでしょう。

「わかるもんかっ。」

そして。
どうやってここにたどり着いたでしょう。
その間にとくにイベントはあまりありません。

亜沙子ちゃんの推理やいかに。

つづく。