タマゴパン。
彼には、パンをひっくり返してから食べる癖があった。
バターナイフを手に取って、トーストに塗る。
そして、くるりと反対側にひっくり返してから食べるのだ。
「はるちゃん、どうしてバター塗ってるほうを下にするの?」ママ。
「ん。」もぐもぐ。
「コーヒーちょうだい。」はるちゃん。
「はい。」ママ。
「あっちち。」はるちゃん。
「大丈夫? やけどしてない?」ママ。
「うん。だいじょうぶ。」はるちゃん。
「パンね。バター塗るでしょ?」はるちゃん。
「上に塗っても味わかんないじゃない。」はるちゃん。
「?」ママ。
「ベロは下についてるものだよ。」はるちゃん。
「だから、ベロがついてるほうにバター塗ってるの。」はるちゃん。
「そうなのねー。なるほどね。」ママ。
「んじゃ質問。」ママ。
「ジャムつけたらどうやって食べるの?」ママ。
「んー。」はるちゃん。
「困ってる。」ママ。
「サンドにしちゃえばいいんじゃない?」はるちゃん。
「そうすればこぼれないのか。えらいね、はるちゃん。」ママ。
「うん。」
ジャムサンドを逆さに食べることはしないはるちゃん。
サンドは上向いてるものである。
はるちゃんの大好きなパンがあった。
タマゴパンである。
「あのさー。今度ね。」はるちゃん。
「どうした?」ママ。
「ロイヤルホスト行きたい。」はるちゃん。「この前行ったとこ。」
「なにげに高いのよ。」ママ。
「んじゃ、月末まで待つ。」はるちゃん。
「なに食べるの?」ママ。
「タマゴパン。」はるちゃん。
「タマゴパン?」ママ。
「うん。」はるちゃん。
「ロイヤルホスト行かなくてもいいわよ。」ママ。
「なんで。」はるちゃん。
「パン屋さんに行こう。焼き立てがあるかもだよ。」ママ。
「それにね。」ママ。
「あれはタマゴパンじゃなくて、サンドイッチっていうの。」ママ。
「そーなのか。わかった。」はるちゃん。
車の助手席が大好きなはるちゃん。
シートベルトをつけてもらう。
「ひとドライブだね。」はるちゃん。
「そーね。」ママ。
「エンジン始動!」はるちゃん。
きゅるるる。
これははるちゃんのお仕事だった。
イグニッションキーを回すお仕事。
「ゴー!」ママが踏む。
ぶおーん。
パパの会社まで、数ブロックである。
そこにおいしいパン屋さんがあった。
「おばちゃん、きたよー。」はるちゃん。
「わー、よくきたね。何買ってく?」おばちゃん。
「タマゴパン!」はるちゃん。
「じゃこっちだね。」おばちゃん。
「あいた。」転ぶはるちゃん。
何かにつっかかってしまった。
はるちゃんは、見事にタマゴパンの上に両手をつくことになる。
「あ。」はるちゃん。
「つぶれたー。」ママ。
「あらら。」おばちゃん。
結局、タマゴパンは五個買うことになった。
ぺちゃんこのやつが二個に、パパとママとはるちゃんの分。
余計な出費がかさんでしまった。
「ママ。」はるちゃん。
「んー?」ママ。
「責任は取るからね。」はるちゃん。
「責任って、これか、はるちゃん。」ママ。
つぶれたタマゴパンを指さすママ。
「うん。」はるちゃん。
その晩、遅くなってから。
台所の明かりがついた。
いや。これは結果的にであって。
つけようとしたのだが、届かなかった。
正確には、台所の明かりがついたのは、はるちゃんが台所の上によじのぼってからだった。
「んしょ。」はるちゃん。
「男は責任を取るものである。」はるちゃん。
「スイッチ、オン!」はるちゃん。
ようやく台所の明かりに手が届いた。
明かりがつく。
タマゴパンの代わりになるものを探していたのだ。
はるちゃんは、まな板を取って台所の床に座った。
「タマゴパンって、どうやって作るんだろ。」
はるちゃんは、ゆでたまごの作り方を知らなかった。
「冷蔵庫にあるかなー?」はるちゃん。
運よく、そこに、むいてあるゆで卵があった。
塩をまぶして食べるはるちゃん。
「おいしい。」はるちゃん。
そこで我にかえるはるちゃん。
「しまった。」はるちゃん。
タマゴが半分なくなってしまった。
「どうにかなるなる。」はるちゃん。
作品が完成するまでに、小一時間を要した。
包丁を使ったことがバレないように、はるちゃんはそっと包丁をしまった。
そして翌朝。
ママは、台所の上にタマゴパンを見つけることになる。
「こらー。ゆうべ、ごそごそしたでしょ?」ママ。
びくっとするはるちゃん。
「んーん。」はるちゃん。
「これなんだ? これ。」ママ。
「責任。」はるちゃん。
「もしかして、パパとママに作ってくれたの?」ママ。
「うん。」はるちゃん。
「それはうれしい。とってもうれしい。でも。」ママ。
「嘘ついちゃダメなんだぞ。」ママ。
「わかった。ごめん。」はるちゃん。
しばらく、作品を眺めるママ。
すごいことになっている。
パンは綺麗に半分に切れて、そこに無理矢理ゆでたまごのスライスと、マヨネーズが散乱していた。ケチャップまでついている。
「で。」ママ。
「はるちゃんの食べ方としては。」ママ。
「うん。」
「どうやって食べるの?」ママ。
「?」はるちゃん。
「サンドイッチはこうでしょ?」縦にはさむママ。
「で、タマゴサンドはこうでしょ?」横にはさむママ。
「それとも全部別?」ママ。
少し悩むはるちゃん。
「タマゴサンドは。」はるちゃん。
「縦に食べるもんだよ。」はるちゃん。
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